マイラブ通所第4回 2005年3月1日

 

つれづれ by くろ

2004年は通所および通所ボラにとって大きな動きのあった一年だったのではないでしょうか。二人の利用者さんの施設入所、三人の新たな利用者さんの加入、これらのできごとを通じ、私自身はいろんなことを考えさせられました。最も感じていることを誤解を恐れずにいえば、利用者さんも、親御さんも、そしてボラも年をとりました。もちろん年をとるのは悪いことばかりではありません。経験やノウハウの積み重ね、そこから来る信頼関係の醸成など、何物にも代え難いものが生まれます。その反面、勢いの不足や無茶できなくなること、目新しさに欠けるといった弊害がでてきてしまうのも事実です。利用者さんは常に好奇心旺盛で、新しいことを望んでいるのに、自分達ボラの時間や人的資源に限りがあるために望みを叶えてあげられないことが多くなりました。当初は学生中心だったボラですが、現在では社会人が多くの割合を占めています。たとえばちょっとしたお出かけ一つをとってみても、学生の時には日曜にお出かけをしても平日休むことができました。ところが、働いているとなかなかそうはいきません。利用者さんの要望に対し、「できない」「それはちょっと難しい」こんな風に答えなくてはならないとき、仕方がないのだと分かっていながら、どこかで心の痛みを感じている自分がいます。

昨年、ボラとして障害者の方(通所の方ではありません)と旅行に行く機会がありました。そこで私は、60歳近い障害者(Bさんとします)とその親御さんに出会いました。その親御さんは端から見ると、既に他人の助け・介助を必要とする状態でした。とても一緒に旅行している人たちのペースにあわせて行動することはできません。ご自分のお子さんであるBさんのことを心配なさっていますが、もういろいろできる状態ではありませんでした。周りの親御さんが、皆さんご自分のお子さんを抱えながら、Bさんの面倒もみていました。私はそのお手伝いをしていました。普通に考えたらAさんの方が親御さんより長生きするはずです。いわゆる親亡き後、Bさんはどうなるのだろう… これまで親御さんと暮らしてこられたAさんはとても幸せだと言えます。でも親元で暮らした時間が長かっただけに、年をとっているBさんが、親亡き後急に施設に入所してもそこに溶け込むのが難しいことは想像に難くありません。

私自身は、通所にかかわって5年ほどです。それでも、冒頭に書いたよう利用者さんも親御さんも年をとったと感じることが多くなりました。利用者さんのこれから先の長い人生を見据えて行動する必要があることを痛感しています。私たちボラは、今現在の利用者さんにかかわっているのだから、将来のことは関係ない、今が楽しければ良いというのも一つの考え方です。しかし、私自身は、通所ボラは、責任を持って行動できる集団であって欲しいと願っています。私たちは、通所ボラという集団を形成している以上、ボラ1人1人がある程度の負担を分かち合わなくてはならないのは当然ですし、また集団としての統一性が必要な場面もあります。最低限のルールは守らなくてはなりませんし、何でもかんでも利用者さんの望みであれば叶えてあげる、ということが適切なことだとは思いません。

口で言うのは簡単ですが、実践するのはなかなか難しいですよね。どうするのが最適なのか、道は一つではないと思います。ああでもない、こうでもない、と言いながら皆で探って行けたら、と思います。

今、私は、こんなことを考えています。 (2005/3/1)

 

 


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